Sunnyday’s diary

49歳で離婚、50代で国際再婚活、アメリカ人の夫との生活

突然の訃報から自分の人生の使い方を再認識



同級生が亡くなったと友人からラインが来た。

 

亡くなった同級生含め4人のグループチャットを5~6年、時折していた。

 

最近、私のスマホが故障したため新しいスマホに買い替えた。

 

ラインの連絡先は消えなかったけれど

 

これまでのチャット履歴は全て消えてしまったため

 

同級生4人のグループチャットの履歴も見ることができず

 

亡くなった同級生が最後にラインで何を言ったのかもわからない。

 

同級生の訃報を直接聞いたのは、人生で初めてだった。

 

もしかすると私が知らなかっただけで、20代の時だってあったのかもしれない。

 

日本ではラインをほとんど誰でも使う時代だから

 

海外にいる私にも日本の友人から即知らせが来る。

 

亡くなった友人へグループチャットの4人の同級生でお花を送ることになり

 

私にも参加するよう声をかけてくれた。

 

亡くなった同級生と私は高校を卒業した後は一度も会ったこともなく

 

ただ友人をとおしてラインのグループチャットで繋がっていた。

 

そのチャットでは彼女は余命があと少しであるとは一言も言わなかった。

 

時々、娘さんと旅行に行ったり食事に行ったりした時の写真を見せていたので

 

平和に楽しく暮らしているのだとばかり思っていた。

 

死因は肺がん。

 

彼女はたばこを吸わない人だった。

 

高校生の時の彼女は明るく元気はつらつとしたJKだった。

 

歳をとっても、きっと元気にちがいないとおもっていたので

 

訃報を聞いた時は、とても驚いた。

 

この記事を書いている今もまだショックだ。

 

人の寿命って、やっぱり決まっているものなのだろうか。

 

元気を持て余すくらいだった彼女は

 

100歳くらいまで生きるくらいのスーパーお婆ちゃんが似合いそうだった。

 

やっぱり明日の事も一カ月先の事も10年、20年先のことも

 

本当に私のブログのテーマのように未来のことなどわからない。

 

人生ある程度の我慢は

 

どの環境でもどの立場でもどのライフステージでも必要だけど

 

でも自分の人生には限りがあるのも事実。

 

少しはやりたいこともやれたな...とか

 

人に合わせるだけの人生だけでなく

 

自分の人生を自由に楽しむ時間や余裕があったと思って

 

いろいろ大変なこともあったけど、でもよかった~私の人生と思えれば

 

満足して自分の人生に感謝して死ねるのではないかな。

 

それには、相手に気を使ってYesばかり言うのではなく

 

気が進まなければNoとはっきり言うようにしようと改めて思った...

 

特に夫には。

 

夫は良い人だけど、私とは全く違うと感じることがいろいろある。

 

夫が食べたいもの、やりたいこと、趣味などほぼ共通点がない。

 

私の人生楽しかったなあと死ぬ時に思いたいなら

 

やっぱり私はもっと自分の好きなものに触れ、

 

好きなことに時間を使う人生を過ごしたいと

 

年末の同級生の死によって、はっきりと悟った。

 

 

 

 

 

 

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