私はマウイ島に来るまで、沖縄のことをかなり勘違いしていた。
知らない事だらけだった。
沖縄と日本とハワイの関係性が気になった理由がある。
私と夫が住む近所に祖先が沖縄の人何人もいて、彼らの家にBBQに呼んでもらったり、夕方になるとクローズしたゴルフコースでおしゃべりしたりする機会がある。
私が日本の東京から来たと挨拶してから、彼らに日系の方ですかと聞くと、
「う〜ん…ええと、先祖はオキナワンです。」と言う。
言葉にしなくても、祖先は日本人じゃなくて沖縄人だと言いたそうなのを察した。
沖縄は日本人にとって人気のある旅行先だし、最近は沖縄移住も流行っているらしいので、現代の日本に住む日本人にとっては沖縄は日本という感覚が強いと思う。
しかしハワイに住むオキナワンの人たちは祖先は日本ではなく沖縄から来たという認識があるようだ。
ちなみにマウイ島は祖先が沖縄人、または沖縄から来た人がとても多い。
数年前は広島からの移民の祖先を持つ人が一番多かったらしいが、オキナワンの人が言うには最近はオキナワンの方が多いそう。
日本の都道府県のどこかから来た日本人よりもだんとつでオキナワンが多い。
ハワイに移民として来た日本人には各都道府県別のコミュニティがあるようだが、一番活発なのは沖縄のコミュニティで、祖先の代からずっとハワイに住むオキナワンも数年前に沖縄から来た人も結束力が強いと言っていた。
ハワイに移民として渡った親戚がいる沖縄に住む沖縄人がハワイに移住する時も力になってくれるそうだ。
沖縄県人会ではなく、ハワイ沖縄連合会という名称だそうだ。
ハワイ州の知事デビッド イゲ氏の父方の祖父母が沖縄出身。
近所の友人の母方は沖縄、父方は広島。
ニューヨークから移住してきた近所の男性も両親の祖先が沖縄...
沖縄はアメリカに占領されていた時期もあるが、もともとは日本ではなく琉球王国だった?
~chatgpt
沖縄県において琉球語が一般的に話されていた期間は、比較的近年まで続いています。琉球王国時代から第二次世界大戦までは、琉球語が沖縄の主要な言語であり、日本語はあくまで第二言語でした。
しかし、第二次世界大戦中に沖縄が激しい戦闘地域となり、アメリカ軍が沖縄を占領すると、日本語の使用が強制されるようになりました。その後、日本政府が琉球語を方言とみなし、日本語を沖縄の公用語とする方針をとったため、琉球語の使用は徐々に減少し、沖縄県内でも日本語の使用が一般的になっていきました。
ということは、沖縄の人が日本語を話すようになって、まだそんなに経っていない。
その前は琉球語を話していたらしい。
沖縄からの移民が初めてハワイに移住してきたのはいつ?
~chatgpt
ハワイにおける沖縄移民の最初の波は、1899年から始まりました。この頃、沖縄は日本の統治下にあり、貧困や飢餓、天災などにより、多くの人々が生活に苦しんでいました。そのため、多くの沖縄人がハワイに移住することを選びました。
初期の沖縄移民は、サトウキビ農場で働く労働力としてハワイに招かれました。彼らは、農場での重労働や低賃金で働きながら、生活の基盤を築いていきました。
その後、第二次世界大戦中に、ハワイが日本との戦闘地域となったため、沖縄移民は差別や迫害を受けました。しかし、戦後に入ると、沖縄移民は再びハワイの社会で重要な役割を果たすようになりました。
現在、ハワイの人口の約1割を占める沖縄系アメリカ人は、ハワイの文化や経済に大きな影響を与えています。
そういった経緯から、ハワイに住む沖縄の祖先を持つ人々が自分の祖先は日本人ではないという感覚を持っているのは当たり前なのだ。
私はハワイに来て間もない頃、その事に気がついていなかったので、オキナワンの人たちと話すと認識のズレがあったが、それが何かがはっきりわからなかったのだ。
沖縄とハワイと日本の歴史を知って初めて、そうだったのかと腑に落ちた。
昔移民としてハワイにやってきた人はサトウキビのハワイの眩しい太陽の下で農作業をしてきたわけで、日本の様々な地域から来た移民には気候に慣れず、かなり過酷だったかもしれない。
沖縄からの移民たちは似たような気候のハワイで日本から来た移民より気候的に耐久性があったのかもしれない。
民族的にハワイの気候の耐久性があるオキナワンの移民はハワイで人口を増やしてたくましく生きてきた。
ハワイに来なかったら、沖縄とハワイと日本の関係について知る機会がなかっただろう。