Sunnyday’s diary

49歳で離婚、50代で国際再婚活、アメリカ人の夫との生活

50代の国際再婚活

私は離婚後、再婚するまで約10年働いてきたわけだ。

 

55歳で再婚活を始めた56歳で今の夫と無料登録できるインターナショナルのデーティングアプリで婚約。

 

そして59歳でハワイの夫の元へ移住。

 

こう書くスル~と再婚までいったようだが、実際はひとつひとつ乗り越えながらここまで来た。

 

55歳で再婚活した私は過去に結婚相談所で働いていたことがあり、結婚相談所で成婚できる確率を仕事をして数字で見てきた。

 

なかなかの困難な道...

かなり費用をかけている人が多い。

 

お金も時間もいっぱいある人ならいい​​が、私は裕福でもなく、55歳。

 

条件的に自分が納得できるような再婚の可能性は低いとすれば、日本国内だけで再婚活するのは範囲が狭すぎると単純に考えた。

 

日本のデーティングアプリも少し試したが、会ってみたいと思える人には当たらずモチベーションが上がらなかったので止めてしまった。

 

そしてマッチドットコム、イーハーモニ-、オーケーキューピッドを試してみた。

 

マイ年齢からすると今どき20代.30代が利用するペアーズやティンダーは現実的ではなく30年くらい前からあるイーハーモニ、オーケーキューピッドのデーティングサイトの方が会員の年齢層の幅があり、50代、60代もたくさん会員がいて、なんと80代後半の白人女性もいた。

 

イーハーモニ-はアメリカに住む男女がなるべく自分に近い場所の相手を希望することが多かったので、日本に住む私には向いていなかったので止めた。

 

結局オーケーキューピッドひとつに絞った。

 

その頃、東京にあるアメリカの会社の支店で働いていた私はやっと満足する仕事と出会い、働けるならここでずっと働きたいと思っていた時期だったので、そんなに短期決戦で再婚を決めなくてもいいかなとも思っていた。

 

もともともうこの年齢だし、子育てもしっかり終了し独身となり気が楽になったので再婚しなくてもいい、ただたまに会って一緒に話したり、どこかに出かけたりできるような男性がいたらいいなくらいに思っていた。

 

元夫は私と別居した翌月にはある女性と半同棲するようになっていて、私はすでに心が離れてしまっていたのでかえってそういう女性ができてよかったくらいにほっとしていた。

 

しかし私の子どもはママはたいして大金も稼げないのだから誰かと早く再婚しなきゃ、これからどうするの!と私をせきたてた。

 

私の母も同様に、私と急に同居するのが不安だったのだろう。

 

もちろん私も、母と同居は嫌だった。

 

母も私が20歳で離婚し、再婚して夫と住んでいるのでそこで同居は嫌だったのだ。

 

私は東京で贅沢なんてできないけど、働きながら気ままなひとり暮らしをする方がよかった。

 

そんなわけで、働きながらオーケーキューピッドに無料登録して、それこそ記憶に残らないほどたくさんの男性のプロフィールや写真を見てきて、たまに写真、プロフィール、メッセージの内容が入り乱れ、誰が誰だか混乱することもあった。

 

私はインドに住んだり、カリフォルニアに滞在したり、アメリカの会社の日本の支店で働いたりしたが実際、流暢な英語が話せるわけでもなく、toeicで高得点もとったことがない。

 

あるのはチャレンジしてみるかという思いだけ。

 

何人かの男性とわりと真面目にメッセージのやり取りをしたが、なんとなくお互いに探り合いの繰り返しで、なかなか先に発展しないことにつかれ始めた。

 

その頃、営業職の私は運がいいと成績が上乗せされた給料が良くて、働いて得た給与が嬉しくてたまらないと思う月もけっこうあった。

 

もう頑張って仕事するのだけでよくなって、煩わしいデーティングサイトに振り回されたくなくなってきた。

 

そしてしばらくデーティングサイトを開かなくなった。

 

そうこうしているうちに、あれ!私、無料登録のままだっけ?

まさか有料会員になっていて、ちゃんと使ってないのに料金払ってたりしてないよねっと気になりしばらくぶりで開けてみた。

 

するとそこに、今の夫となった男性からメッセージが来ている。

 

私が開けたちょうどその日に彼はメッセージしたようだった。

 

なんだか、かなり偶然。

 

プロフィールには真面目な交際、結婚を望んでいるという項目。

メッセージにも同じことが書いてあった。

 

どこに住んでいるのかしら...

 

プロフィールにはハワイとまでしか表示されていない。

 

軽くメッセージであいさつていどのやりとりをして、どこか場所を聞くと、

マウイ島だと言う。

 

私は一瞬ぽかんとした。

 

日本人がよくいくのはワイキキビーチのあるホノルル、オアフ島。

 

マウイ島は普通の日本人にとっては単なるハワイ周遊コースに入っている他の島。

 

ホノルルなら住むのに現実感もでてくるのだが、マウイ島って住むのにどう?

 

頭の中は空欄で何も判断できませんという状態。

 

アプリ内でメッセージを繰り返し、次にイーメールでお互いに見せてもいい写真を送り、最後はラインを始めた。

 

といっても夫はアメリカ人でラインは使用しない。

 

私とのやりとりのためにラインをとってもらった。

 

夫は2度の離婚の経験者。

 

離婚になった原因はいつか書く機会があるだろう。

 

そして一度目の結婚でできた子がふたり、もう成人している。

 

二人目の結婚相手でできた子はその時8歳。

 

その子はアメリカの法律上、夫と元妻の間を一週間交代で行き来している。

 

結婚相手にはマウイ島に来てくれる人、8歳の子どもがいてもオーケーな人、オープンマリッジではない人が基本条件だった。

 

性格はメチャいい人だなと思った。

 

プロフィール写真はゴルフ場で遠くから撮ってもらったようで、小さくてサングラスと帽子でどんな顔かわからない。

 

髪はプロフィール上で禿げと表示されているので既にわかっていた。

 

私は禿げていても似合っていれば気にしない派。

 

子どもがいる人は条件から外すということは考えていなかったけど、それは詳細によると思っていた。

 

私にも成人した子どもがいるからだ。

 

気になるのはマウイ島だということ。

 

マウイ島に住むってことが本当にピンとこなかったのだ。

 

私はサーファーでもなければ、マリンスポーツやゴルフを楽しんだりもしない。

 

東京で働き、仕事帰りに同僚と飲み食べたりしたり、休みの日は旅行に行ったり、のんびりカフェで友人とあったりするようなライフスタイル。

 

マウイ島での実際の私の生活というものは全く想像できなかった。

 

マッサラな私の状態に、彼はマウイ島の親善大使かというような良いところだけをピーアール。

 

綺麗なビーチやトロピカルな花やフルーツの写真を見せまくる。

 

私もだんだんとマウイ島っていいところかも、自然のない都会に比べると、リラックスできそうかもと思うようになった

 

この会社もいつかは辞めなければならない時が来る。

 

さらにお歳を重ねていた時、自然があってリラックスできる場所でお互いに支え合っていける人と生きていく方がいいな。

 

少しずつ気持ちが彼とやっていこうかなと固まっていった。

 

そして3か月後くらいにはお互いの気持ちの上では婚約へと向かった。

 

ところで...

 

そこから書類上で問題が解決するまでに重大な問題があった。

 

彼は離婚していなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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